雨は、嫌いだ。

 霧雨の様な音の無い雨だったのが、図書館で借りていた本の返却をするだけの短い時間で嵐の様な豪雨になっていた。エントランスホールから正面玄関のガラス扉をしとどに濡らす雨の飛沫が流れ落ちるのを眺める。庇があるというのに雨が吹き込んで来るということは、風も出ているのだろう。傘だけではすぐに濡れてしまいそうで、夏も終わった肌寒い季節を思えば濡れて帰る気には到底なれなかった。なによりも、

(嗚呼、きた)

 眼下の奥で視神経がささくれる様な鋭い痛みに、眉間に皺が寄るのが分かる。堪える様に眇めた双眸が細かく震えて、視界がぶれる。もう何度も繰り返し、雨が降る度にやってくる気怠さには慣れたものの、崩れる体調の予兆めいたこの痛みにだけはいつまでたっても慣れる事が出来ずにいた。不意打ちの様な鋭さに表情がくしゃりと歪む。ベンチシートに腰を下ろし、俯きながら奥歯を食いしばり痛みに耐えていると次第に痛みは鈍くなり、今度は頭痛がし始める。原因も症状も知識としては理解している。気圧の変化による偏頭痛。ただ、理解していようと痛みを感じなくなる訳ではない。

「――… 奥村せんせ?」

 鼓膜を柔らかく震わせた声に、視線を動かすよりも先に唇がその名前を辿る。外は水で溢れているというのに、乾いた唇はやけにぎこちなく動いた。

「… 雨が酷くなった原因は貴方だったんですね、志摩くん」
「酷い! 言い掛かりですえ。俺かて偶には真面目に本を読むんです、 …… 先生 ?」
「何ですか」
「―――… 今日も男前ですねえ」
「有り難う御座居ます」
「わーあ隙のない営業スマイルー」

 隣ええですか? と尋ねながら眉尻を下げて困った様に笑う学友であり教え子へ頷きながら視線を外して、雨脚の様子を伺う様に外を見遣ったが雨粒のぶつかる音は窓から扉から聞こえて来る。体温が下がって来たのか、やけに冷たく感じる指先を組み合わせ、俯きがちにそっと息を吐き出した。

「…… 雨、止みませんねぇ」
「ええ、本当に」

 頭痛で余裕が無かったのもあるが、何より悪意や揶揄するような気配を彼から感じ取れない。首裏へ伸びてきた手に気付いたのは、存外固い指先が襟足の髪を掬ってからだった。毛先を摘まんで引く力が本当に微かで、痛みを感じるどころかこそばゆい。首を動かすには痛む頭を動かさねばならず、しかし髪を弄る手を振り払うには少々お互いの立場的に悩ましい。例えばこれが兄であるなら、問答無用で利き手が動いていただろう。しかし相手は学友である。それも、仲が良いとはお世辞にも言えぬ程度の。しかし逆に、塾では教師と教え子という関係でもある。現状の立ち位置を把握するには回転の落ちた頭では難し過ぎた。為すがままになりながら、血の巡りの悪くなった首裏を掠める様に撫でる指先の熱。体温を分け与える様に髪から首へと滑り落ちた指に、雪男は口を噤んだ。鈍い痛みは、消える事は無かったけれど。冷えた皮膚に確かに残る、

淡い微熱

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