季節の変わり目は気も浮つくのか小さな揉め事や小競り合いが多く、酷い時には人死にまで出る事が在る。ただでさえ血気盛んな者が多い故にか、奥州では政宗自らが率先して市井へ下る姿が見れるようになる。それは古くから仕える者にとっては風物詩のようなものでもあり、例外なく今年も秋から冬へ移ろう時期になると政宗は小十朗を伴い市井へ足を運んだ。ただ例年の様子と今年は少々違い、帰ってきた政宗の手には、竹で編まれた小さな籠がぶら下がっている。

腰に佩いていた2本の刀を小姓へ預けると、政宗はそのまま自室へと向かっているようでただの一度も振り向かずに歩を進める。その背中を一歩下がって追いながら、括り紐に吊るされ不安定に揺れる籠を小十朗はちらりと窺った。気がついた時には政宗は人混みに紛れて姿を眩まし、必死に探している小十朗をよそに籠を片手にぶらりと戻ってきたのだが、それからどこか様子がおかしく一言も言葉を交わさずに城まで戻って来た。一体何があったのか、城を出てから暫くは珍しくも上機嫌であった筈なのに、むすりと黙りこんだまま言葉を発しない背中の拒絶に、凶相だ強面だと散々言われてきた顔を顰めながら大真面目に、しかし度が過ぎた心配を思う小十朗の視界の隅で、政宗が歩調を緩めて障子へ手をかけるのが見え、籠から視線を上にずらして頭一つ分低い主のつむじを見下ろした。開いた障子の隙間から半身を滑らせながら、肩越しに振り返った政宗の目は想像していた様に不機嫌ではなかったが、目尻に皺が浮かんで億劫そうであった。

「小十朗、人払いを頼む。お前も下がってろ」
「政宗様、」
「聞こえねェ」

真直ぐに伸びた背中が敷居の向こうへ消えて、追求を許さないと、言葉の代わりにタンと障子が閉ざされると暫く小十朗はその場から動かずにいたが、ようやく折れたか一礼をすると無言のまま引き下がった。


障子を隔てた向こうの気配が動いたのを確認してから、政宗は手に持っていた籠を丸窓の側へ置かれた文机の上へそっと下ろした。中からは葉の擦れるような音が密やかに鳴っている。首の裏を指先で押しながら、疲れた様に溜息を吐き出すと丸窓の側の壁にとんともたれて腕を組み、足下に視線を落としたままで口を開く。

「おい。いい加減出てこいよ、折角テメェの為に人払いまでしてやったんだ」
「なんだ、気付いてたの」

間を置かずに帰って来た応えに、政宗は短く舌打ちしてからちらりと丸窓の向こうを見遣るが、日を透かす和紙に影は映っておらず、ただそれまで欠片もなかった気配だけが濃密に残っている。壁一枚挟んだ向こうから、こちらへ顔を出す気がないのだと示す様に政宗からは何も見えては居ないが、向こうからはこちらの様子が手に取る様に分かるのだろう、眉間に皺を刻んだ途端、押し殺した様にクク、と佐助の喉が鳴ったのが聞こえた。

「一応ね、まだ仕事中なので。このままで失礼させて頂きますよ」
「いつもは呼んでもいねェのに勝手に来る癖にな」
「偶にはね、弁えてみたくなるんです」
「言ってろ」
「ひっどいなあ」

穏やかな声音に混ざって、机上の上の籠からリリリ、と鈴を転がすような音が響き始めると、それにつられた様に似たような音が幾つか静かに室内を満たした。夏の風鈴にも似た高い音は、しかしその清涼さとは違ってどこか物寂しい。揃ってその音に口を閉ざして耳を傾けていた政宗と佐助だが、鈴虫の鳴き声をかき消さぬ様に押さえた声量で政宗が先に再度口を開いた。

「随分と風流な土産だな。珍しい事もあるもんだ」
「もう秋だしねぇ。ちょうど良かったでしょ」
「…虫売りに化けてたついでだろうが」

見つけたのは偶然だった。路地の脇で広げられた布の上の籠を流し見て、ああ、秋なのだと頭の片隅で思いながらそのまま目を反らそうとした所で、未だ若い売り手の、唯一笠に隠れていなかった口元に微かな笑みが浮かんだのに気付いて、改めて向き直れば市井にまんまと紛れた佐助であった。政宗の一瞥に気付いた虫売りが顔を上げると、笠の下の目が笑みに細められた。話しかける訳でもなく政宗は目を反らすと一度その場を離れ、小十朗と態とはぐれてから元の場所へ戻ったが、同じ場所に居た虫売りは佐助とは似ても似つかぬ初老の男で、しかし政宗の顔を見上げた虫売りは、さっき頼まれてね、とひとつの小さな籠を差し出して来た。

「そう言わないでよ。これでもちゃんと考えてるんだから」
「何を、」
「形の残るものはアンタに上げられないからね」

実りの時期だけの、僅かな時間を生きる鈴虫はやがてその涼やかな音を奏でる事もなくなる。 形をとどめておこうとしても、やがては朽ちて土へ帰り、手元に残るのは空になった竹の籠だけだ。視線を動かして、未だ鈴虫の鳴く籠を見下ろした政宗はそのまま口を閉ざしてただじっと佐助の気配が遠退くのを待った。肚の底で、くそったれ、と悪態を吐きながらも、思う事が有りすぎて口を開く気には到底、なれなかった。

秋唄う

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