忍び屋敷の裏手にある庭で、鏡に映したように揃いの顔を並べ、伊三と清海が真っ向からきっと睨み付けているのは白と黒に塗り分けられた真円の的である。巨木の幹に直接書かれたその的には幾つかの苦無が突き立っているがどれもこれも的から外れた場所へ散らばっており、さながら目隠しでもして投擲したような酷すぎる有様であった。普段から緩い顔立ちの双子が、思わず渋い顔になるほどの有様に、斜め後ろで膝を折って座り込んでいた十蔵は云とも寸とも言わず、ただじっと地蔵のような顔で双子を見守っていた。

その視線の鋭さと無言の圧力に耐えかねたのか、ただでさえ垂れた眉尻をいっそう下げながら、袖元に仕込んでいた苦無を引き抜いた伊三は格好だけはそれらしく的目掛けて苦無を放つ。ガツッ、と樹皮が罅割れて飛び散り、苦無は的の外円ぎりぎりに掠めるように突き立った。それを見た清海が、心底嫌そうに眉間に皺を寄せ、しかし黙したままの十蔵を振り返る気にもならず、隣に居た伊三が一歩横へと退いたのに合わせて同じように苦無を引き抜き、投擲した。予備動作が小さかった所為なのか、視認できるほどの速さで飛んだ苦無は、しかし的に突き立つことなく鈍い音を立てて弾かれた様に地面に突き刺さった。それと同時に、的のど真ん中へ四本の苦無が鈍い音を立てながら立て続けに突き刺さる。どれも清海や伊三とは比べ物にならないほどの速さと正確さであった。呆然と的を眺めた清海は、ざらりと鳴った砂利の音にぐるりと首を巡らせ振り返る。

「大当たりィー、なんつって」
「見事に邪魔をしてくれたな、佐助?」

苦々しく口端を歪める清海に、ひらひらと手を振りながらその歩みを止めず、地面に突き立ったままの苦無を引き抜くと一度大きく振って土を落とし、その刃を親指の腹で横に撫でる。手入れだけはしっかりとされてあるのを確かめた佐助は、指に引っ掛けてくるりと回して見せた。

「お前ら相変わらず細々したの不得手なのね」
「才蔵やお前に比べれば当然であろう」
「我らが得てとするは棒術であるからして」
「暗器に関しての腕は格段に劣るわい」
「賽を振るのはお得意なのに?」

ぴたりと口を噤んだ二人に、やれやれと溜息を吐きながら、苦無を持っていないほうの手で懐に仕舞っていた賽を懐紙ごと掴むと、ぽんと弧をかくように放り投げた。受け取り損ねることなく、両手でその懐紙を受け止めた伊三が、中を見分して不機嫌そうに下唇を突き出す。その表情と、開かれた懐紙の中身をちらりと見遣った清海は対照的に張り付くような愛想のよい笑みを浮かべた。それを見て、佐助も外面だけは人好きのする笑みを口元に浮かべる。正直、幸村から賽を拾ったときの話を聞いたときは思い浮かぶ顔が出入りの占術師ぐらいだったのだが、細工が施してあるとなれば話はまた別だ。

「まあ、お前らが何して遊ぼうが俺様にゃ関係無いんだけどさぁ」

にこにこと薄ら寒いくらい笑いながら、佐助の右手が微かに動く。その場に居合わせた伊三や清海を含め、十蔵ですらその僅かな動きで佐助の手元から苦無が放たれていたのだと気づいたのは、木目を裂くような鈍い音の後であった。号令でもかけたように揃って首を巡らせた三人が見たものは、端へと寄せられた忍び屋敷の雨戸の中程に伊三の手にあった懐紙が、中に包まれていた賽を零すことなく縫いとめられていた様だった。余程の勢いだったのか、苦無がびりと震えている。座り込んだまま、それを見た十蔵の手がぱちぱちと白々しい程よく響いた。

「旦那に火の粉が飛ぶような事になったら、今度はお前らが的になるぜ」

博打で金巻き上げんのもほどほどにしとけよォ、と最後にふざけた声色を作って清海と伊三の肩をそれぞれ軽く叩いた佐助は、十蔵に声をかけるとそのまま何事も無かったように連れ立ってその場から歩き去ってゆく。背中から伝わる穏やかな怒りの気配に、見計らったわけでもなく伊三と清海の首が、さながら悪戯の見つかった幼子のようにかくんと項垂れた。

賽の目/後

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