厳冬の凍てついた大地の底、地下に掘られた隠し通路を提灯の覚束無い明り一つを手にして政宗はただひたすら歩いていた。 足先から首元まで、しっかりと着込んではいるものの這い上がるような寒気は留めようも無く皮膚を冷やし、感覚を鈍くして行く。 吐き出す息も白く白く霞の様で、雪混じりの風がないだけで凍える寒さは地上と変わらない。薄暗く、しかも足場の悪い道筋に石が混ざり始め、 それがやがて石畳の様にしっかりと均されて小さな石室へと行き止まる。

しかし其処は行き止まりではなく、よくよく提灯を翳してみれば錯視を狙って壁がずれており、影がほんの僅か、歪んで奥へと伸びている。 身体半身を傾がせ、狭い隙間と言った方がいいような細い道を通り抜ければ、切り出した石を重ねて作った階段が室の天井へと伸び、 その先には木目の細い木製の蓋のような物が四角四面に嵌っていた。
取っ手はなく、僅かな窪みに指を引っかけ、左右にぐらぐらと揺らすと土埃を散らしながら板が外れると、今度は蝶番の付いた 鉄の戸が出て来て、面倒臭そうに政宗は舌打ちを零す。隠し通路ともなればそう簡単に入り口が分かってしまっては 元も子もないが、逃げる為でもなく頻繁に出入りする身としては毎回毎回同じ手順を繰り返すのは正直に面倒くさい。 今も片手にぶら下げた木製の蓋を投げ置く訳にも行かず(何せ後でまた同じ様にはめ込まなければいけないせいで)丁寧に階段の脇へと置くと、 提灯の柄を口に銜え、両手で思い切り押し上げる。

手の平から伝わる鉄の冷たさに指がかじかんで、思う様に力がはいらぬまま、銜えた柄に奥歯を立てながら、短く息を吸い込み思い切り腕を突っぱねて ようやくギシリ、と音を立てて押し戸が開く。 ばたん、と音を立てて反対側に開いた戸口から両手を伸ばし、板戸に手を這わせて身体を引き上げれば、 何の事は無い、至って普通の平屋作りの囲炉裏端だった。

雪を屋根から下ろさぬ所為で積雪の重さに梁が歪み、天井が斜めに歪んでいるが崩れる心配はとりあえず無さそうである。

「おやまァ、随分と奇妙な時間にお出でになったね、竜の旦那?」

囲炉裏端に座る佐助が、火掻き棒で炭に空気を混ぜる様に動かす手を止めて笑みも無く言う姿を横目に、 冷えた空気が吹き上げるのを遮る様に政宗は鉄の押し戸を元の様に閉ざす。 そうすると奇麗に並んだ飴色の板間にあった四角四面の穴は元からなかった様に奇麗に消えてしまう。 銜えていた提灯の柄を手に持ち直し、中の蝋燭の揺らぐ火元へ息を吹きかけ消してから、囲炉裏の傍から離して置くと いつの間にか乾いてしまった唇をべろりと舐める。 犬のようなその仕草に、佐助が眉を潜めたが知った事かと素知らぬ顔。

忍び屋敷でもないというのに手の込んだ隠し通路の入り口の上に、春に摘んだ虫除けの草を編み込んだ薄っぺらい座布団を乗せ 、胡座をかいて漸く人心地付いた様に短く息を吐く政宗の傍へ、慣れた様に煙草盆を押し遣りながら佐助は腕を伸ばして直ぐ傍に摘んでおいた薪を 囲炉裏の中へと焼べて、また火掻き棒をぐるりと動かす。
その腕には真白な晒が巻かれ、同様に上手いこと折曲げられず崩した足、その膝頭から踝の上までも同じ様に晒が巻かれている。 炭の匂いに混ざるのは血止めと毒消しの鼻に付く匂いで、いい加減その匂いにも慣れた政宗は煙管に煙草の葉を詰めながら じろじろと佐助の手足を眺め、詰まらなそうに鼻を鳴らした。

「大分良さそうじゃねェか。血の匂いが薄れて晒も汚れなくなった」
「ま、お陰様で。一時は死ぬかと思ったんだけどねー、悪運が強いみたいでどうにも、」

下らない世間話だ。目蓋を伏せて政宗を一瞥もせず、火の具合を見ている佐助の頬は囲炉裏の炎に照らされて 赤く染まってはいるが、首筋から着物の下へ続く皮膚は色を無くして、白く、青く、血の気が感じられぬ程固く張りつめている。

「阿呆鳥が、」

火を落とした煙管から、炭の匂いとも、毒消しの匂いとも違う紫煙がぷかりと立ち上る。 薄い唇から吐き出される紫煙をちらりと見遣った佐助が、煙管を銜える政宗の唇から切れ長の、吊り上がった眦に目を向けた。 寒い中から温かな所へ出て来た所為で、その薄い皮膚が赤々と血の色を透かす下瞼を、じっと見詰める。

「吹雪の中、鳴きもせずに戻ってきたぜ。手前を落としてからぱったり姿を見せなかったが」

庭の楡の木に止まって俺の顔見るなり何処ぞへ飛んでいきやがった。

たかが鳥如き、しかも忍びが使う獣ともなれば野の獣のようにはいかぬであろう事を知っている筈なのに、 目が合った瞬間飛び立ってしまったのが甚く気に入らないらしい政宗の声に思わず佐助は笑ってしまった。

青い指、赤い眦、白い雪

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