天の真上に上った太陽は容赦なく地を照りつけ、目に痛いくらいの陽光と皮膚が焦げ付くような熱に肌が焼けて行く。じわじわと蝉の声が熱さで緩んだ頭の中をさらに掻き混ぜ、きちんと襟を正し、じっと本を読んでいた幸村は辛抱出来ずに読み差しの本を閉じた。仕切り戸を開け放っていれば屋内を山から吹き下りた風が巡って外よりは幾分涼しいが、汗をかかぬというには程遠い。日が落ちてしまえば一転して夜気は冷え込むが、日没まではまだ大分ある。心頭滅却、いっそ稽古でもし始めれば熱さも気にならぬだろうと腰を上げ、軒から差し込む陽に温まった床を踏み締め濡れ縁へ出ると、丁度そこに赤毛の忍がひょっこりと顔を出した。正確には庭を突っ切る様に通りかかったのだが、手には剥いだばかりの木の皮を丸めた束を幾つも抱えていた。

「あれ、もう読書はお仕舞いですか」
「こう暑くては読んでも頭に入ってくるのは蝉の声ばかりだからな」
「左様で。冷たいものでもお持ちしましょうか。これから勝手所に行くんで頼んできますよ」
「いや、」

 ゆるゆると首を横に振った幸村を見た佐助は、それじゃあまた後ほど、と一言置いて、植込みに懐くようにぐるりと庭の縁を歩いて草屋敷へと歩いて行った。庭の端を歩いては遠回りだろうに、と遠退く背中を見送っていた幸村の視野で、人影がちらつく。今度は誰だと思って首を巡らせれば、真っ黒な頭と真っ白な頭が一つと二つ、仲良さげに一列に並んでいた。先頭を歩く才蔵はこの猛暑の中でも涼し気な様相で水を張った盥を抱えていたが、その後ろに続く白髪の双子は水に濡れて色を変えた袖をたすきで絡げ、竹細工の籠をそれぞれ手に持ってぐったりとした顔を隠しもせずにいた。幸村の視線に気付いた才蔵が一礼し、それに続く様に才蔵に比べればおざなりな礼をてんでバラバラにして双子が庭を通り抜けて行く。三人とも、やはり庭の縁をなぞる様に歩いている。そっくりそのまま、佐助が通った道筋をなぞる様に歩く三人をやはり見送った幸村は、沓脱ぎ石の上の草履に爪先を引っかけ、庭へ降り立つと庭の植込みの端へと立って、物は試しとばかりに四人がそうしていたように植込みの真横を歩いてみた。

 青々とした葉は、彫金師の千代が明け方に水を撒いたからか、暑さに萎れる事も無くぴんとはっていた。薄紅の蕾を幾つも付け、あと幾日もすれば花が咲くだろう植込みの側は、意識してみれば日陰でもないのにひやりと水気のある風が吹いている。ゆっくりと団扇で扇いでいるようなささやかな風だが、時々髪を掻き混ぜるような強さで吹き抜ける。屋敷の軒下を歩くよりは遠回りでも、体感する涼しさは風が吹いている分だけこちらの方が上だろう。

 忍というよりは犬猫のような連中だな、と思いながら庭の端から端までを歩いた幸村は、薄ら汗の引いた首もとを撫で、張り付く髪を指で払いながら稽古相手を捜しに草屋敷へと足を向けた。

蛇の道は蛇

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