薬草の匂いと焚き物の香りとが混ざって室内に強い香りが篭っている中で意識がふ、と浮き上がる。それまで水の中に沈んでいる様に覚束無かった感覚が、意識が鮮明になるにつれて重さを増し泥沼に手足を絡めとられたような束縛感へ変わってゆく中、ぎこちなく薄目を開けてみれば見れたのは見慣れた天井と見慣れた顔がふたつ、視界いっぱいに広がっていた。

「お、やっと起きたな」
「白湯でも飲むか」
「酒もあるぞ」
「なんなら葛湯をつくってやらんでもないが」
「頭を下げて乞うなら腕を振るってやろう」
「どうだ」
「どうする」

 ぼんやりと視点の定まらぬ佐助の両の眼を覗き込んでいた清海と伊三は、眉尻の垂れた眉に吊った切れ長の目という、まるで鏡面に映った様に揃いの顔をにやにやとした笑みで歪めながら交互にそれぞれ言葉を繋いでは見下す様に佐助を見下ろしてくる。その横では才蔵が黙々と薬を煎じているばかりで、主に喋っているのは双子だけだというのにやかましい事この上ない。眉間に皺を寄せながら、矢継ぎ早にべらべらとまくしたてる双子を鬱陶しそうに佐助は見上げた。同じ顔で同じ声で、揃って嫌味ったらしい言葉ばかり投げつけられて寝起きは最悪に近い。

「…お前らうっさいよ。んな事言ってる暇、あるなら仕事は」
「はっはぁ、言うに事欠いてそれか」
「看病してやったというのにつれないことだ」
「そもそもその仕事をしくじったのは佐助」
「お前だろう?」
「よくもまあ、独眼竜とやりあってこの程度で済んだものよ」
「悪運が強いというか、よほど根の国の主に嫌われているらしい」
「きっと手癖が悪い所為だぞ」
「足癖も悪かったしな」
「女癖はどうだったか」
「最悪だな、どうしようもない」
「ちょっと、お前らほんと黙っててくんない!?」

 枕元で雀の様に絶えず喋り続ける2人をぎっと睨みつけてから緩慢に布団に潜り込もうとした佐助の茜色の髪をむんずと掴んだ伊三は、ぎゃあと喚く声を全く無視してそのまま容赦なく引っ張り、清海は上掛け布団を勢い良くひっぺがして足下へ畳む。 寝乱れて襟刳りは緩み、帯もかろうじて結われている程度で裾からは剥き出しの太腿が、ずり落ちた襟から肩や二の腕が露になっている。常ならば日に当たらず生白い肌が青痣と切り傷で赤や青に染まり、裂けた皮膚はいびつに波打っており、我ながら中々に酷い有様であった。改めて己の身体を見下ろして、思った以上に深手を負ったのだとまじまじ見聞していると、左腕の違和感にようやく頭が気付いて腕を持ち上げてみる。持ち上げようとしたが、だらんと力なく垂れた腕は骨が軋む様に僅かに動いただけで、力が全く入らない。動かすたびに走る堪えようの無い痛みに呻いていると、清海の後ろからぬっと才蔵が顔を突き出した。

「左腕はしばらく使い物にならぬだろうよ。奇麗に真っ二つだが、完治すれば以前より丈夫になる。ここ暫くは動き詰めであったろう?確り養生せいと、御館様からのお達しだ」
「……旦那、なんか言ってた?」

 付き合いはかれこれ長い筈だが、才蔵が無表情になってしまうととんと感情が読めず、佐助は肘をついて上肢を起こしながらその鉄面皮を見上げ恐る恐る訪ねてみたが、しかしその応えは予想外にも障子の外から帰ってきた。

「骨身を砕き仕えてくれる忍に某は一体なにができるだろうかっつって悩んでらっしゃるぜ。よかったなぁ、猿」

 行儀悪く足で障子を開きながら姿を見せたのは、背格好ならば幸村とそう変わらず、どことなく幸村を思わせる顔立ちの若侍めいた格好の小助であった。手に盆を持っているというのに、ずかずかと敷居を踏み越えるとやはり足のつま先を溝に引っかけて障子を閉じる。片足立ちになろうと全く身体の軸を動かさずに障子の開閉をこなした小助は、場所を譲った伊三の代わりに枕元近い場所へ腰を下ろすなり佐助の眼前へずいと盆を突きつけた。漆塗りの盆の上には小さな小皿にのった菓子がふたつ、ちょこんと乗っている。

「…何コレ」
「何だよついに頭どころか目まで悪くなっちまったかそりゃご愁傷さまだ。こりゃあ幸村様の好物のうちのひとつで、今日の昼餉に女中が用意した練り切りと言う菓子だ」
「あらら、そっちは耳が悪ぃみたいだなあ。そうじゃなくて、なんでこれを俺んとこに持ってくるのよ。旦那のとこに持ってけばいいじゃない、喜ぶぜ?」

 盆を見るだけで受け取ろうとしない佐助に苛々と下唇を突き出していた小助の横で、清海と伊三が顔を見合わせてにんまりと狐の様に笑い合う。才蔵はいつの間にか自分の役目は終わったとばかりに再び薬を煎じていて我関せずの姿勢を貫いていた。全く意味が分からず胡乱な眼差しで小助を見上げるばかりで皿へ手を出さない佐助に、業を煮やした小助はそっと皿を手に取り、空いた盆の角で折れた佐助の腕をがつっと突いてそのまま枕元の水差しの側へ勝手に皿を下ろすと、さっさと立ち上がって障子に手をかけた。痛みに悶えて呻き声を上げる佐助を全く無視して双子も小助に習いそそくさと立ち上がる。

「幸村様がテメェの為にわざわざ作った見舞いの品だ。さっさとそれ食って才蔵の薬飲んでくたばってろこのだぁほ!」
「心配は要らない、佐助が休んでいる間は我らが幸村様のお側に仕えよう」
「ゆっくり休んでいて構んぞ」
「なんならそのまま引っ込んでいても問題なかろ」
「悔しかったらさっさと骨でも何でもくっつけてこい」
「そんじゃ才蔵、後は手筈通りにやっとくぜ」
「ああ、また後ほど」

 ばたばたと慌ただしく出て行った双子と小助を、痛みのあまりに浮かんだ涙でぼやけた目で見送った佐助は、小助が大事に運んでいた皿の上の菓子を見下ろした。確かによくよく見れば形が少々いびつで不格好である。面映そうにそれを見下ろしていた佐助は、肺が空になるほど深く溜息を吐き出すと枕に頭を勢い良く落として、唯一自由になる右手で両目を塞いだ。

「調子狂うなあ、…」

爪痕の代償

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