昼日向の焦げ付くような暑さも、夕暮れともなれば吹く風は熱をどこかへ置き去りにして来た様にひやりと涼しくなる。水で溶かした様に夕焼けに染まる空は高く、移ろう季節の変わり目は容易に感じる事が出来た。血の腐るような、戦場の最中で当たり前の様に深く吸い込む死臭が夏場は特に濃く肺に残る。どれだけ息を吸っても、吐き出しても、水で洗い流した手足や髪から血の色や匂いが取れても身体がそれを覚えたままで、意識していないとそれに感覚が引き摺られてしまう。だから佐助は夏がどうにも苦手なので、彼岸が近くなるのは有り難く思いこそすれ、近付く秋にもの寂しさはちいとも感じはしない。主であるところの幸村も、彼岸が近くなるにつれて不安定になる感情を持て余し、途方に暮れた様に部屋に閉じこもりがちになる。それでもしっかりと忍び頭へ仕事は回してくるのだから腑抜けてはいないだろうが、目を離しておくのも気掛かりで手元の筵を丸めながら佐助は深々と息を吐いた。

 密偵として市井へ潜り込んだが目的はすでに為した。長居をして顔を覚えられぬよう、物売りの格好でがちゃがちゃと音を立てて片付けをする佐助の前を、鮮やかな紅色や濃藍にざらめのような金や銀が混ざった風車を手に持った子供達が幾人か、笑いながら辻を駆けて行く。子供の高い声に、からからと風車の回る音が混ざる。手を止めて遠退く小さな背中と長く伸びた影法師を見送るように眺めていた佐助は、またひとつ、先程よりも長々と溜め息を吐いた。

「申し訳ないですけど、もう店仕舞いですよお客さん」
「しみったれた事ぬかしてンじゃねェよ」

 声の調子だけは愛想の良い佐助の背後に立った政宗は、詰まらなそうに銅色の頭を見下ろして鼻で笑い飛ばした。腕を伸ばしても届かない、しかし太刀を抜き一歩踏み込めば詰められる瀬戸際のような距離を計った様に保つ政宗を振り返った佐助はあからさまに顔を歪め、それでも相手に引く様子が無いのを見て諦めた様に一度は仕舞い込んだ葛篭を開く。

「こんな餓鬼の遊び道具欲しがるなんざ、酔狂にも程があるぜ独眼竜」
「今日まで手前がここで餓鬼共と遊んでるのを見逃してやったろ、四の五の言うな」
「……、今日まで?」
「日が落ちたら猿狩りだ」
「あーやだやだ、全く碌でもねえ」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、手早く紙を折り針で中心を止め、風車を一つこしらえた佐助はふー、と息を吹き掛けてきちんと回るかを確かめた。端から見ていれば只の物売りにしか見えないその姿を、寄越せと風車を強請っておきながら関心薄そうな顔で眺めていた政宗は、からりと乾いた音に瞬きを一つして視線を風車へ移す。

「餓鬼にやたら好かれてるじゃねえか、慣れたもんだな?」
「そう見える?」
「手ェ出すなよ」
「出すかっつの。真っ平だ」

 触れやしねえよ、とぼやいた佐助に、全く碌でもねェな、と政宗は笑い飛ばした。

日暮れの道切り

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