血よりも鮮やかな朱金を身に纏った男は、どこか倦み疲れた様に顔色を白くしながらも二槍を振るう。血と泥とでぬかるんだ大地の上を這う様に走る炎は肉と骨の焦げる匂いを煙に巻上げ蛇の様に緩やかな軌跡を残し、燃え広がる事無くふつりと消えた。

「佐助」

 動くものの無い焦げ付いた土の上に立ち尽くした幸村は、振り返りもせずに名を呼ぶ。背後に控えていると信じて疑わぬ様なその声に、応えを返さぬまま大烏の足から手を離して幸村の影に音も無く降り立った佐助は首を伸ばす様に周囲をぐるりと睥睨した。骸ばかりが転がる地獄の蓋を開いたような有様に、空高くで弧を書き飛ぶ烏の群れが嬉し気に鳴いている。
 凛とまっすぐに伸びた背中が、どろどろに溶けて落ちそうな夕暮れの赤に照らされ影を濃くする。前を向いたままの幸村の、煤と泥で汚れた髪が風になぶられ朱金の鉢巻の尾と共にひらひらと揺れるのが、途方に暮れた幼子の様で佐助は首の後ろを鈎爪で裂かぬ様に加減しながらかしかしと掻いた。兵卒を従え、戦場を駆ける将に迷いや躊躇いを吐露する事は許されない。しかし部下も従えずにぽつんと一人立つ今は、今この場だけに限って幸村はただ一介の武人でしかない。

「引き返したくなった?」
「……いや、」

 俯く様に首を横に振る幸村は振り返らない。

「旦那。こんな事を言うのも不敬だとは思うけど」
「お前の言いたい事は分かっている。……分かっては、いるのだ」

 それでも、と続く言葉は結局飲み込んで、黙り込んだ幸村は二槍を握る手に力を込める。夕暮れの赤は徐々に闇夜に取って食われ、黒く染まって行く。闇の中でこそ目の利く忍びはその目蓋を伏せる。

主の不在

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