里の雪が溶けたのは随分前になるというのに、山には雪が所々に残っていた。木漏れ日に当てられ、残雪はじくじくと溶けて土を色濃く染める。枯れた様な色の草に混ざり、黄の強い若い色の植物が芽吹いていた。見渡す限りくすんだ色合いの中、これから長雨の季節を過ぎ色濃くなっていくのだろうが、今は未だしぶとく冬の匂いがする。何を思ってこんな辺鄙な所に墓を拵えたものやらと、ぼやくにしては感情の籠らない声に、全くだと胸中で同意しながら、目の前の薮を掻き分けた政宗の視界を遮る様につぶての様なものが飛来した。隻眼とはいえ、未だ劣らぬその目はまろみを帯びた形に、腰に佩いた刀ではなく腕でそれを凪ぎ払う。思った通り、足下へ転がったのはころりと丸い木瓜の実だった。

「首は?」

 頭上から降って来た声に上を向けば、太く張り出した枝の上に寝そべる様にだらしない格好で座り込んでいたのは、歳の頃なら十六、十七ほどの娘だった。地味な小袖の裾から生白い足が剥き出しになってぶらぶらと揺れている。右腕は弛緩した様に身体の脇へ垂れ、左手でお手玉でもする様に木瓜の実を放って遊んでいた。犬の仔みたいな柔らかい色の髪に、小動物めいたくりくりとよく動く目。一房だけ伸びた襟足の髪が風になびくと、其処には在りもしない赤い布が翻るような気がして、政宗は鼻の頭に皺を寄せた。縁者と言われれば確かにそう納得出来るくらいに似通っているが、他人だと言われればそれはそれで納得出来てしまう、微妙な面立ちでありながら、浮かぶ表情は昔見たものとそっくりそのままだから性質が悪い。

「墓守のおそめ、ってェ女は手前か。美人だと聞いていたが、噂は宛にならねェもんだな」
「天下に名高い独眼竜と山犬にとっちゃ、そこらの娘なんざ箸にも棒にも引っ掛かりゃしないでしょうよ。で。首は」

 二度目の問いに政宗は答えず、懐から取り出した紙包みを木の上へと放り投げた。左腕では届かぬそれを右足で一度蹴り上げ、左手を伸ばし器用に掬い上げると金属の擦れる様な音がする。一瞥もくれず、木瓜の実を嫌がらせの様に成実へと投げつけ、空いた手で腿の上に置いた包みを開いた佐助は、厭きれた様に呻き声を零した。

「首にぶらさげてたのが仇になったかなあ」
「一番の仇ならお前の目の前に居るだろ」
「何、俺様に殺されてくれるの?」
「手前にくれてやるモンなんざ無ェよ」

 だろうね、と肩を竦めた佐助が包みを戻し、懐へそっと仕舞い込む。腰を下ろしていた枝からするりと飛び降り、音も無く地の上に立つと変化を解いた赤毛の忍びが其処に居た。右肩から下、空っぽな藍染めの袖をひらりと揺らして先導する様に前を歩き出す。薮を掻き分け歩く内、細い獣道が現れ、そのさらに奥。剥き出しの岩と、それに絡む蔦に木の根、苔むした猫の額程の途切れた木々の合間に、刃の毀れた刀、折れた槍の柄、皹割れた混が幾つも幾つも、卒塔婆のように突き立っていた。

ここより先は死人の国

inserted by FC2 system