息をする度、喉や肺腑に凍みるように冷たい明け方の空気は冷たく、しんと静まり返っている。鳥の羽ばたきひとつ聞こえず、風が吹く度に針葉樹の葉擦れが耳に届くぐらいの静寂の中、梢の中に埋もれるように幹に背を預けていた佐助は閉じていた目蓋を持上げ、薄目で眼下を睥睨した。

「先程本陣を離れたと報せがありました。先鋒に伊達政宗、他、片倉小十郎を含め数は十六」
「陽動だと思うか」
「恐らく。本陣には伊達成実の姿は無かったとの事ですが」
「忍びでもないのに芸達者な山犬だ、厄介だな……どうしたもんかね」

 音も無く佐助の立つ枝の二本下へと降り立った影は一つ。呟く様な頭の声が聞こえど、心得た忍びは何も言わずに控えたままだ。脳内に広げた地形を思い出しながら、佐助は手甲の嵌った手で鼻先を擦った。奇襲を仕掛けてもいいが、あの奥州筆頭に瓜二つな顔の伊達成実は氷を繰る上、それがなくとも腕が立つ。奥州三傑なぞと言われ評されるだけあって手強いが一番厄介なのは陽動と見せかけ本命だった時だ。今引連れている戦忍びは手練ばかりだが、相手が伊達成実ならばどうにか渡り合う事もできようが、伊達政宗だった場合は話が違って来る。出来て精々、足止めが良い所だろう。だからと言ってこれを自陣へ報せれば、いの一番に遣ってくるのは大将である真田幸村だ。どうせ言い聞かせた所であの男が大人しく本陣で大局を見据えるなんて真似は出来っこ無い。

 梢の影に手を伸ばして、振り払う様な動きの後、佐助の腕には数羽の鴉が止まっていた。目のない、輪郭が曖昧に揺れるいびつな鴉は身震いした後、腕を掲げれば翼を広げ忙しなく羽搏き飛び立つ。その数は徐々に増え、群れの様に黒い影が白み始めた空を覆い西へと向うのを見送った後、指先で足下の忍びへと次の指示を出して佐助は幹を蹴り上げ駆け上った。細く尖った木の天辺に立つと、膝を折ってしゃがみ込む様にして鴉の飛んで行った方角を眇めた目で眺める。

 徐々に明るく、夜の帳が薄れて行く空の下。雲は薄く、雪の気配はおろか落雷の予兆なんて欠片も有りはしないというのに、青白い光が脹らむ様に木々を照らし、消えた。空から真っ直ぐに落ちてくるのではなく、地の上から空へと走った稲光は、光ばかりで鼓膜を揺らす様な轟音を伴わず静かなものだったが、佐助にはそれで十分だった。

「さて、お仕事お仕事っと、」

 赤みの強い髪をがしがしと掻き混ぜ立ち上がると、指笛で大烏を呼びつける。ひゅい、と空気を裂く様な甲高い音に口寄せされた大烏の足に掴まり、滑る様に佐助は稲光のあった方角へと飛び立った。

遠来

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