磨かれた廊下の先で、やっと探していた後姿を見つけて小十郎は歩調を速めて駆け寄った。後ろから、薄墨色と朱金の縦縞柄の着物に包まれた薄い肩を掴んでぐい、と引っ張る。
「政宗様、やっと見つけましたぞ!今まで一体どこに」
「お疲れさんです、小十郎さん」
「…成実!」
 肩を引かれ、振り向いた顔は確かに政宗に良く似た造作だが、露になった左目には覇気が薄く、何より言葉尻が柔らかい。驚いたように、といっても表情は片眉が跳ね上がった程度にしか変化してはいないが、自分を見下ろす小十郎を見上げた成実は口端をほんの少し緩めるように笑った。
「どうも。年明け早々、お騒がせして済みません。今日入城した連中は直参でも古参連中でもないんで、ちょっと代わっとけ、だそうです。鬼庭さんが後を引き継いで、今お相手してますから、…問題はないかと」
「全く、あの方は…!」
「次郎なら書庫ですよ。さっき通りかかったら煙草の匂い、したんで」
 重々しい溜息とともに、米神を揉み解すように動いた手を眺めていた成実は、眼帯の下に隠れた右目と露になっている左目の瞼を伏せ、労りを込めて目礼した。

「政宗様ッ!」
 書庫へと向かう途中、すれ違った若衆へ人払いをするように言いつけた事もあって、声の調子を抑えるつもりでも思いのほか強く響いた低い声に、書庫の中でだらしなく着崩れた襟元に手を突っ込み、欠伸をしていた政宗がだるそうに首を巡らせた。上に羽織った派手な柄の打ち掛けに施された金糸の縫い取りが、明り取りの窓から差し込む細い光に照らされて、政宗が身動きするたびにきらきらと光る。
「なんだ、成実はもう見付かったか」
「政宗様。公務を投げ出し、あまつさえ身代わりをしたてるなど…、情けなさに小十郎は涙が出そうです…!」
「泣くなよ、いい歳の親爺なんだからよ」
「ならば、このような真似は二度となさいませぬよう」
「さてなあ」
 視線を手元へ落としながら、のらりくらりと煙管を銜えた政宗の口元が笑みに撓む。書庫とは名ばかりで、今政宗が居座っている場所は書物ではなく、書物を保存する為の虫除けの香物だったり珍しい細工の硯や筆だったりが保存されている為、悠々と煙草を吹かしても紙が傷んだり間違って引火したりする事もない。七里先にいても匂いが分かるという癖のある香の匂いに紫煙が混ざる中、火鉢も置かず書庫の中は外気とほとんど変わらぬ程に冷え込んでいた。よくよく見れば、煙管を持つ政宗の指先は血の気が薄く青白い。眉を寄せ、傍へと歩み寄る際に明り取りの小窓から見える風景にふと、小十郎の眉間の皺が緩んだ。零れる様な溜息に、足元の政宗が吐き出す息混じりに喉を鳴らして笑った。
「あまり、ご無理を為さりますな。お身体に障ります」
「見送りをしてただけだぜ、障りもしねェよ。心配すんな」
 ぐい、と袖を引かれて小十郎の視線が足元へと落ちる。前髪が流れて目元の隠れた政宗が、煙管を持たぬ手で袖を引いていたが、その力は振り払おうと思えばすぐにでも払えるほどに微かだった。もう一度、窓から見える城から出て行く一群の後姿を一瞥してから、小十郎は袖を掴む政宗の手を取り、そのまま抱えるように抱き上げる。軽々とはいかぬも、苦もなく抱き上げた所作に合わせてぶらぶらと足を揺らした政宗は、文句を言うでもなくふー、と紫煙を吐き出した。
「冷えて歩けないのなら最初からそう言って下さい…」
「お前が温めてくれりゃァ、問題ないだろ?」

行きは良い良い帰りは怖い

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