沈黙中の表情にこそ、言葉選びに勝る本当の雄弁が『存在』する。/te'(残響sampler)

「及川さん、」
「聞こえませーん」
「あの、俺に」
「嫌ですうー」
 キュ、と靴底を鳴らし、助走から踏切まで、迷い無くしなやかな腕が鞭の様に撓る。間延びした声とは真逆に、風を切る様な鋭い音を立ててコートの対角、ラインの際ぎりぎりへと打ち込まれるサーブに、影山はぐっと唇を噛んだ。吹けば飛ぶよな浮ついた軽口を叩きながら、狙い違わず相手の嫌がるようなコースへ、骨に響く様な重たい音を響かせてボールが飛んで行く。部活中にあのサーブを受けた時、痺れる様な腕の痛みよりなにより、正確なコースの打ち分けが出来るコントロールと、何より強打に影山は息を飲んだ。どうしたら。どうすれば。こんなサーブを打てるのか。考えるよりも先、口から飛び出た教えを乞う声に、及川は微笑みすら浮かべてそれを一蹴した。食い気味ですらあったその否やの声にも諦めきれず、こうして放課後、部活もとうに終わったと言うのに影山は体育館に居残り続けている。
「サーブのコツ、教えて下さい」
「まっぴらだね、教えてやるもんか」
「お願いします」
「お前に教えて、俺に見返りはあるの?」
「見返り、って」
「なあに、まさかタダで教えて貰おうとしてたワケ?」
 指摘されて眉間に皺を寄せ、むっつりと黙り込んだ影山の顔を見た及川は、今度こそ本当に呆れた様に片眉を吊り上げて溜め息を零してみせた。芝居がかった大仰な仕草は悪ふざけしているようにしか見えないのに、視線が刺さる程に冷たい。
「ていうかさ。他にも居るでしょ、岩ちゃんとかマッキーとか」
「他の誰かじゃなくて、俺は及川さんに教えて欲しいんです」
 噛み締めていた唇がほどける。緩んだ唇は、噛んでいたのか赤くなってしまっていた。その唇が、及川でなければ駄目なのだと言う。射抜く様に真っ直ぐな目で、迷いも無く。
 ふ、と及川が息を吐き出すと、それまでの嘘臭ささえ感じる愛想の良い笑みや、軽薄な声の、一切が形を潜める。黙る及川の目は今まで影山が見た事の無い感情を浮かべていた。凪いだ透明な水の様な、冷たく、けれど凍てつく様な呆れや侮蔑の籠らぬ視線。普段の言動に騙されがちだが、この男の本質はこちらなのでは無いかと、瞬きもせず及川を見詰めていた影山の背筋が、知らず真っ直ぐに伸びる。それを見て、眦の吊り上がった目が笑った。哀れむ様に。
「煽ててもダメ」
「くっそ!」
「こらこら。先輩に向かって何て言葉遣いしてるの、飛雄ちゃん」
 すっかりいつもの調子に戻った及川は、それ以上影山に構いもせず自主練に戻ってしまった。目に焼き付いた凪いだ及川の表情の違和感は、及川の一挙手一投足を見逃してなるものかと、観察する事に集中しているうちに、すっかりと影山は忘れてしまう。それを思い出すのは、それから数年後の事だ。

リプきたキャラ×自分の好きな曲

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