(ひと、)

 思い出すと真っ先に浮かぶのは首裏の白。

(ふた、)

 次に浮かぶのは豊かな黒髪。長い長い黒髪は量が多くて重く、艶が少ないのに触れてみれば絡むどころか拒む様に滑らかだった。夜の色。闇に溶ける、喪に服した色。沈んだ青を引き立てる色。

(みぃ、よ、)

 血の気の乏しい白い皮膚の上に、濡れて張り付く髪を指先で丁寧に払って吸い付くと腕の囲いの中で身体が強張った。ぎこちなく動く腕を捕まえる、手の平越しの体温は沁みる様に熱い。血の気が薄く青が似合いだと思っていた。体温も低くかろう、震える様な熱とは無縁だと思っていた。水の様な男だと思っていた。触れる前までは。

(いつ、)

 皮膚の上を嬲る様に、唇でなぞっていたら鼻先に血の匂い。真新しい傷を探しながら、途中で見付けた古傷に柔く歯を立てる。傷の上の皮膚は他と違って、つるりと磨いた石のような触り心地だった。歯を立てればぶつりと裂けてしまいそうだし、どれだけ力を込めても噛み千切れぬような気もした。だから歯を立てる代わりに、舌の先を尖らせてじぐざぐに跡を残す傷を舐めて、蝸牛が這うようにゆっくりゆっくりなぞる。

(む、なな、や、)

 ぐしゃり、と髪を掻き混ぜられた。地肌をかりかりと引っ掻く猫の様な指先が、ほつれた髪に縋る様に丸くなる。握り込まれた髪がぴんと引っ張られて、逆らわずに顔を上げてみれば白と黒の境がはっきりした目が恨めし気にこちらを見詰めていた。眦の縁が血の色を透かして赤い。噛み締めた唇が熟れた柘榴の様な色をしている。

(ここのつ、)

 食めば甘いのだろうか。

(とお)

もういいかい

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